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佐賀地方裁判所伊万里支部 昭和50年(ワ)9号 判決

原告

岡部哲司

被告

坂口勝郎

ほか二名

主文

1  被告らは、各自、原告に対し、金一八五万九、三四五円及びこれに対する昭和四八年九月二四日から支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その一を被告らの負担とする。

4  この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

(当事者の申立)

一  原告

1  被告らは、各自、原告に対し、金四、一一四万八、四一一円及びこれに対する昭和四八年九月二四日から支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(当事者の主張)

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 昭和四八年九月二三日午後四時四五分ころ、佐賀県伊万里市黒川町黒塩新道入口バス停留所付近国道二〇四号線道路において、右道路を伊万里町方面に向つて進行中の原告の運転する自動二輪車(ヤマハ二五〇CC、一佐あ九八一五、以下原告車という。)と、前方から波多津町方面に向つて対進してきた被告下ノ原満行の運転する小型マイクロバス(三菱佐五五そ七五五一、以下被告車という。)が衝突した。

(二) 原告は、右事故により、被告車にはね飛ばされて路上に転倒し、頭部打撲、右側頸部広範囲挫滅創、右前胸部挫創及び切創兼擦過創、右肘関節部擦過創、右側大腿骨開放性骨折、右下腿擦過創、外傷性シヨツク、右耳殻部挫滅創の重傷を負つた。

2  責任原因

被告らは、それぞれ、左記の理由により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

(一) 被告下ノ原は、前方注視義務を怠つた過失により本件事故を発生せしめたものであるから、民法第七〇九条による責任がある。

(二) 被告坂口は、被告車を所有し、自己が取締役をしている被告有限会社黒洋設備(以下被告会社という。)にこれを貸与し、また被告会社は被告下ノ原の使用者として従業員である同被告にこれを運転させていたものであるから、被告坂口及び被告会社はいずれも被告車の運行供用者として、自動車損害賠償保障法第三条本文による責任がある。

3  損害

(一) 原告は、前記傷害の治療のため、事故当日の昭和四八年九月二三日から昭和四九年一月二九日まで、伊万里市大坪町所在の山口外科病院に入院し、引続き同日佐賀県藤津郡嬉野町所在の国立嬉野病院に転院して入院し、同年九月一一日ようやく同病院を退院した。

原告は、右のように長期に亘る治療を受けたが、右上腕神経叢麻痺、右大腿骨偽関節、右膝関節拘縮の後遺障害を残す結果となり、そのため、右肩関節部や右膝関節部等に運動障害が、また、右手拇指・示指には知覚麻痺の症状があり、さらに、外貌には右側頸部に、長さ一二センチメートル及び九センチメートルのT字型球形のケロイド様瘢痕が見られる。

(二) かくて、本件事故により原告の蒙つた損害は次のとおり合計金四、一一四万八、四一一円となる。

(1) 治療費 金七五万七、七七四円

前記国立嬉野病院に支払つた治療費は金七五万七、七七四円である(なお、前記山口外科病院の治療費は、被告らから支払われているので、本訴請求には含めない。)。

(2) 付添費 金一八万〇、〇〇〇円

原告は、前記山口外科病院入院中の昭和四八年九月二三日から同年一〇月一二日までの二〇日間については二名の、同月一三日から同年一二月三一日までの八〇日間については一名の各付添看護を要する状態にあり、その間それぞれ付添看護を実施した。そこで、右付添費として、一日当り一、五〇〇円の割合により算出した金一八万円を請求する。

(3) 入院雑費 金一七万七、〇〇〇円

原告は、前記のとおり山口外科病院及び国立嬉野病院を通じて、昭和四八年九月二三日から昭和四九年九月一一日まで通算三五四日間入院したが、その間の諸雑費として、一日当り五〇〇円の割合により計算した金一七万七、〇〇〇円を請求する。

(4) 逸失利益 金三、四一五万二、四一七円

原告は、昭和三一年一月二四日生れで、事故当時満一七歳八か月の男子であり、中学を卒業した後、漁業に従事していたもので、身体は健全であつた。ところが、本件事故による前記受傷のため、前記のような後遺障害を残す結果となり、その程度は自動車損害賠償保険法施行令別表に定める後遺障害等級第三級に該当するものとみるべきであるから、労働省労働基準監督局長通牒による労働能力喪失率表によれば、その労働能力を完全に失つたことになる。原告は、本件事故がなかつたならば、少くとも満六七歳まで稼働し得た筈であるから、昭和四八年賃金センサス男子労働者新中卒を収入算定の基礎として、その逸失利益現価をホフマン式計算法により算出すれば、別紙のとおり金三、四一五万二、四一七円となる。

(5) 慰謝料 金一、〇〇〇万〇、〇〇〇円

原告は、本件事故による受傷のため、前記のように長期にわたる入院生活を余儀なくされたうえ、年若くして前記(一)記載の通りの不具者となつて全く稼働しえない状態となり、さらには外貌にも著しい醜状を残すに至つており、これらの諸事情を斟酌すると、その精神的苦痛を慰謝すべき額としては金一、〇〇〇万円が相当である。

4  損害の填補 金四一一万八、七八〇円

原告は、自動車損害賠償責任保険から金四一一万八、七八〇円の支払を受けたので、右金額を、原告の右損害額金四、五二六万七、一九一円から控除する。

5  結論

よつて、原告は、被告ら各自に対し、金四、一一四万八、四一一円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四八年九月二四日から支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求の原因1の(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は不知。

2  同2について

(一) 本件事故が被告下ノ原の過失により発生したとの点は争う。

(二) 被告坂口及び被告会社が被告車の運行供用者であることは認めるが、その余の事実は争う。

3  同3の(一)は不知。同3の(二)の(1)ないし(5)については争う。

4  同4の事実は認める。

三  被告らの抗弁並びに主張

1  被告坂口及び被告会社の免責の抗弁並びに被告下ノ原の無過失の主張

本件事故は、原告の一方的過失により発生したもので、被告下ノ原には何ら運転上の過失は存しない。すなわち、被告下ノ原は、被告車を運転して、前記伊万里市黒川町黒塩新道入口バス停留所付近国道二〇四号線道路の中央線より左側部分を、伊万里町方面から波多津町方面に向つて北進していたところ、原告は、無免許で原告車を運転して、築港方面から東進して右国道に進入し、そこで右折して伊万里町方面に向つて南進をはじめたが、被告車の前方約二二・五〇メートルの地点で、突然中央線を越えて、被告車の進行車線内に侵入し、そのまま直進して被告車の右前部に原告車を衝突させ、本件事故を発生せしめたもので、被告下ノ原としては、このように交通法規を無視して中央線を越え、被告車の進路上を対進してくる原告車との衝突を回避することは不可能なことで、同被告には何ら過失はなく、本件事故は、ひとえに前方注視義務を怠り、かつ交通法規を無視して中央線を越え、対向車線を進行して被告車に衝突した原告の一方的な過失に起因するものである。そして被告坂口及び被告会社には運行供用者としての過失はないし、被告車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつた。したがつて、運転者たる被告下ノ原には加害者としての責任はないし、被告坂口及び被告会社には運行供用者としての責任はない。

2  過失相殺

かりに、被告らに本件事故による損害賠償の責任があるとしても、本件事故が右1記載の如く、原告車が被告車の直前約二二・五〇メートルのところで、突然、中央線を越えて走行したため発生したものであることに鑑みると、原告の過失が圧倒的に大きいといわねばならないから、損害賠償額の算定にあたつては、九〇パーセント以上の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する原告の答弁

被告坂口及び被告会社の免責の抗弁及び被告らの過失相殺の抗弁はいずれも争う。被告下ノ原は、前方注視義務を怠り、衝突直前まで、原告車の接近に気付かず、衝突直前に左に転把したものの、急制動の措置を講じ得なかつたものであるが、その原因は、同被告が本件事故直前に飲酒し、事故当時には酒に酔つた状態にあつたからであり、さらに、同被告は、時速五〇キロメートルと定められた最高速度を超えた高速度で運転進行したため、衝突直前になつて、辛くも左に転把したが、中央線付近での原告車との衝突を回避することができなかつたものである。

(証拠)〔略〕

理由

一  事故の態様及び責任原因

(一)  請求の原因1の(一)の事実は当事者間に争いがなく、同1の(二)の事実は、証人山口京治の証言によつて真正に成立したと認められる甲第一号証によつてこれを認める。

(二)  そこで、本件事故の態様について検討する。成立に争いのない甲第八号証の一ないし三、甲第二三号証の一・二、証人西泰然、同山口昌人、同浜野重信の各証言並びに原告岡部哲司及び告被下ノ原満行(第一、二回)(但し、後記一部措信しない部分を除く。)各本人尋問の結果によれば次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は、伊万里町方面から波多津町方面に南北に通ずる幅員五・七〇メートルの歩車道の区別のないアスフアルト舗装の平坦で乾燥した国道二〇四号線道路(以下甲道路という。)上であり、甲道路には、中央部分に右側はみ出し禁止標示線が引かれており、事故現場の北方約二七・八メートルの甲道路の西側には新道入口バス停留所があり、その北側から直角に西側には築港方面に通じる道路(以下乙道路という。)が設けられ、甲道路の西側、乙道路の南側は田圃であつて、甲乙各道路相互の間には見通しを妨げる障害物は存しない。

(2)  原告は、無免許で原告車を運転して、乙道路を築港方面から東進し、甲道路に進入し、そこで右折して伊万里町方面へ向つて南進しはじめたが、一方、被告下ノ原は、被告車を運転して、時速約五〇キロメートルの速度で甲道路を伊万里町方面から波多津町方面に向つて北進していた。同被告は、事故現場の手前約五〇メートル付近で、前方約八〇メートル付近に乙道路から甲道路に進入し、右折する原告車を認めたが、原告車は右折後甲道路の対向車線をそのまま進行するものと考えて漫然と北進していた。ところが、事故現場の一二・五五メートル手前の地点で、その前方二二・五〇メートル地点に進行してきた原告車が、急に中央線を越えて被告車の進行車線に進入したのを認め、同被告は、急ぎ左に転把しようとしたが、原告車をかわすことができず、中央線より〇・四メートル西側に寄つた被告車の進路上で、被告車の右側前部に原告車が正面衝突し、原告車は事故現場から一六メートル北方の地点に転倒し、一方、被告車は事故現場から北方に向つて弧を描くように暴走し、対向車線を越えて、約五五メートル先の甲道路東側の田圃内に横転した。

(3)  事故現場付近には、中央線から〇・八メートル西側の地点を起点として、北方の被告車の横転しているところに向つて、甲道路上に四四・六〇メートルのゆるやかな弧状のスリツプ痕一条が印象されているが、他にはスリツプ痕は認められない。

(4)  被告車は、本件衝突により、右前部の地上一・五〇メートルの部分が凹損し、右前部フエンダーが後方に曲損し、右前輪に接着した状態になつており、他方、原告車は前輪が右へ曲り押しつぶされた状態になつていた。

(5)  被告下ノ原は本件事故前四〇分位前に、日本酒コツプ一杯半位を飲んでおり、事故当時は酒に酔いアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態であつた。

(6)  しかして、右(2)(3)(4)で認定した事実によれば、右の四四・六〇メートルの弧状のスリツプ痕は、原告車が被告車の右前部に衝突した際、その衝撃により被告車の右前部フエンダーが後方に曲損し、右前輪に接着した状態になつたため、右前輪が回転しなくなり、あたかも右前輪のみに制動装置が作動したのと同一の効果をもたらし、他の三輪が回転しているため、ゆるい弧を描いて暴走し、その際右前輪によつて印象されたものと推認され、他に同様のスリツプ痕が認められないことからみると、被告下ノ原は、原告車と衝突する直前に急制動の措置を講じていないものといわざるをえず、右認定に反する被告下ノ原の尋問の結果の一部は措信しない。

(三)  以上認定したところによれば、本件事故は、道路の中央線を〇・五メートル位はみ出して被告車の進路上を走行した原告車が自車進行車線上を走行していた被告車の右前部に衝突して発生したものであるが、被告下ノ原は、事故現場の手前約五〇メートル付近で、前方約八〇メートル付近に、原告車が乙道路から甲道路に進入し右折するのを認めており、また、事故現場の一二・五五メートル手前の地点で、前方二二・五〇メートルのところを原告車が中央線を越えて被告車の進路前方に侵入してきたのを認めたのであるから、同被告には、少くとも原告車が中央線近くに接近してくるのを認めたときに、直ちに減速し、または徐行するなどの措置をとるか、或は早目に左に転把して甲道路の左側端部に寄りながら進行するなどして、事故の発生を回避すべき注意義務があるものというべきであり(前掲甲第八号証の一・二によれば、被告車の車幅は一・五四メートルであり、被告車の進行車線は、中央線から外側線までの有効幅員が二・八〇メートルあるのであるから、衝突地点が、前認定のように、中央線から〇・四メートルの地点であつたことに徴すると、早目に左に転把して道路左側に避譲し進行することは十分可能である。)、また、衝突の危険を感じた場合には、急制動の措置を講ずべき義務もあるものというべきであるところ、前認定のように同被告は酒に酔つていたこともあつて、右各注意義務を懈怠し、ただ漫然と、時速約五〇メートルの速度のまま、中央線寄りを進行したため、本件事故の発生を見るに至つたものであるから、被告下ノ原は本件事故発生について、民法第七〇九条による過失責任を免れることはできない。もちろん、前認定のとおり、被害者である原告にも、乙道路から甲道路に右折した直後から前方注視義務を怠り、対進してくる被告車に気付かないまま、中央線をはみ出して対向車線に侵入した極めて大きい過失が認められるが、これは後記三記載の如く損害額の算定に当つて、過失相殺の事由として斟酌されるに過ぎず、被告下ノ原の過失の認定につき何ら消長を来たすものではない。

(四)  しかして、被告坂口及び被告会社が被告車の運行供用者の地位にあることについては当事者間に争いがないので、右被告両名は、被告車運転者である被告下ノ原に右(三)記載の如き過失が認められる以上免責される理由はなく、自動車損害賠償保障法第三条により損害賠償責任を負わなければならない。

二  損害

(一)  前掲甲第一号証、証人山口京治の証言(第二回)によつて真正に成立したものと認められる甲第一二ないし第一八号証及び第二一号証、右証人の証言(第一、二回)及び口頭弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第二号証、第一九、第二〇号証、右山口京治、証人岡部ミツエの各証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により、前記一の(一)で認定したような右側頸部広範囲挫滅創、右前胸部挫創、右側大腿骨開放性骨折等の傷害を受け、その受傷の治療のため、昭和四八年九月二三日の事故当日から昭和四九年一月二九日まで、伊万里市大坪町所在の山口外科病院に入院し、同日佐賀県藤津郡嬉野町所在の国立嬉野病院に転院して入院し、同年九月一一日にようやく退院したこと、原告の受傷の程度はきわめて重く、両病院において種々の治療を重ねたが、結局、昭和四九年九月一一日をもつて、右上腕神経叢麻痺、右腿大骨偽関節、右膝関節拘縮等による右上肢及び右肩関節部の運動障害、右手の拇指・示指の知覚麻痺、右大腿部の疼痛、右膝関節の屈曲障害等の後遺障害をとどめて症状が固定した旨の診断を受けたこと、なお、右側頸部には長さ一二センチメートル及び九センチメートルのT字型球形のケロイド様瘢痕が残つていること等の事実が認められる。

(二)  そこで、以下損害額について検討する。

(1)  治療費 金七五万七、七七四円

成立に争いのない甲第三ないし第五号証によれば、原告は国立嬉野病院における治療費として金七五万七、七七四円を支払つたことが認められる。

(2)  付添費 金一八万〇、〇〇〇円

前記岡部ミツエの証言及び口頭弁論の全趣旨によつて成立の真正を認め得る甲第六、第七号証及び右岡部ミツエの証言によれば、原告は、本件事故により山口病院に入院した当日の昭和四八年九月二三日から同年一〇月一二日までの二〇日間については二名の、同月一三日から同年一二月三一日までの八〇日間については一名の各付添看護を要する状態にあり、その間は現実に原告の母岡部ミツエら家族のものが付添をしたことが認められ、右付添費としては一日当り一、五〇〇円を要したとみるのが相当であるから、右の割合により算出した付添費の合計額は金一八万円となる。

(3)  入院雑費 金一四万一、六〇〇円

前認定のとおり、原告は、昭和四八年九月二三日から昭和四九年九月一一日まで、山口外科病院及び国立嬉野病院に、通じて三五四日間入院しているが、その間の諸雑費としては、右期間が長期であることを考慮し、全期間を通じて一日四〇〇円を支出したとみるのが相当であるので、右費用の合計額は金一四万一、六〇〇円と算定される。

(4)  逸失利益 金一、三八四万七、七一二円

証人岡部ミツエの証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和三一年一月二四日生れ、本件事故当時は一七歳八か月の男子であり、中学卒業後漁船に乗り組んでいたこと、そして、事故直後の昭和四八年一〇月からは、築城水産所属のいか釣り漁船に乗船して稼働することが内定し、その際は、最低賃金として一〇万円の支給が保障されていたこと、原告は、もし本件事故に遭遇しなければ、将来に亘つて漁業に従事する意思を有していたことが認められる。しかるに原告は、本件事故により受傷し、三五四日間に亘る長期間の入院治療を余儀なくされ、それにも拘らず、前認定のような後遺障害を残す結果となり、将来に至つても、各部の機能の十分な回復を期待しえないものであることはすでに認定したところであり、したがつて、原告が今後漁業に従事して収入を得ることは不可能というべきである。

ところで、成立に争いのない乙第二号証の一・二、前記岡部ミツエの証言及び原告本人尋問の結果並びに昭和五二年二月八日施行の八ミリフイルムの検証の結果に口頭弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、最近では、短時間であれば、さしたる支障もなく普通の状態で歩行できるほどになつてきていること、原告は現在二二歳で、ようやく成年を過ぎたばかりの前途ある青年であること、そして幸にも、最近良縁を得て結婚し、将来に希望を持つことができたこと等の事実が認められるが、さらにこれらの事実と、将来の医学の進歩発展ないしその水準の向上、とくにリハビリテーシヨンの充実等経験則上認められる事実とを併せ考えると、将来、本人の努力如何によつては、原告が他の職業に転じて生活の資を得ることは十分考えられることであり、かつ、それは可能であるというべきである。

右のような考え方を前提とすると、原告は、将来の或時期以後は、何れかの職場で、自己に適した職種を選択して、満六七歳に達するまで稼働することができるものとみることができるので、原告の逸失利益算定の基礎となる労働能力喪失率についても、これを一〇〇パーセントもしくはそれに至る一定率と定めて、これを固定的に観念することは適当でないといわざるをえない。

そこで、本件においては、原告が事故後満六七歳に達するまでの五〇年間の稼働可能期間を三分し、その労働能力喪失率を次のように考えることとした。

〈1〉 事故直後の昭和四八年九月二三日から昭和五三年九月までの五年間(原告一七歳~二二歳)は、労働能力喪失率を一〇〇パーセントとする。

〈2〉 昭和五三年一〇月から昭和五八年九月までの五年間(原告二二歳~二七歳)は、原告の転職のための準備期間的な意味を含ませ、労働能力喪失率を六〇パーセントとする。

〈3〉 昭和五八年一〇月から昭和九八年一月までの約四〇年間(原告二七歳~六七歳)は、転職先の決定を予想し、転職時の年齢等を考慮してその間の労働能力喪失率の平均値を三〇パーセントとする。

ところで、逸失利益算定の基礎とすべき原告の事故直前の収入は明らかでないが、ここでは、直ちに賃金センサスに依拠するのをやめ、前認定の如き事故直後に稼働先として予定されていた漁船員としての月一〇万円の賃金収入を基礎とするのが実状に則するのでこれによることとし、右〈1〉〈2〉〈3〉の段階的な労働能力喪失率を前提として、原告が現価算出の基準日とする昭和四八年九月の時点における労働能力喪失による逸失利益の現価総額を、ホフマン式計算方法により中間利息を控除して算出すると、次のとおり金一、三八四万七、七一二円となる。

〈1〉 10万円×12×100/100×4.3643=5,237,160円

〈2〉 10万円×12×60/100×(7.9449-4.3643)=2,578,032円

〈3〉 10万円×12×30/100×(24.7019-7.9449)=6,032,520円

〈1〉+〈2〉+〈3〉……13,847,712円

(原告は、前記後遺障害による逸失利益の算定にあたり、労働能力の喪失率を、稼働年限の全期間にわたり一〇〇パーセントとしているが、これを採用しなかつた理由は前示のとおりであり、また、収入の基礎を昭和四八年賃金センサス男子労働者新中卒の収入表に求め、年齢別・階級別表に従つて、その年齢に応じて各収入を得られるものとして主張を構成しているが、右の表はその調査時の各年齢における新中卒男子労働者の収入の平均額を表わしたものであつて、一人の男子労働者が年齢に従つてそれに応ずる額の収入を得ることを表わしたものではないから、右の表に従つて原告の各年齢に応ずる収入を確定することはできないものとみて、その主張のような収入算定方法は採用しなかつた。なお、本件では、労働能力喪失率の決定について、前記のように〈1〉ないし〈3〉の三段階に分けたが、その理由は前示のように、前認定の如き原告の後遺障害の内容・程度や年齢、転職の可能性等を考慮すると、むしろ、自動車損害賠償保障法施行令別表に定める後遺障害等級表や労働省労働基準監督局長通牒による労働能力喪失率表に拘泥しない方がよいと考えたからである。)

(5)  慰謝料 金五〇〇万〇、〇〇〇円

前認定の如き原告の受傷の部位・程度、入院の期間、治療の経過、後遺障害の内容・程度その他諸般の事情を斟酌すると、原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては金五〇〇万円をもつて相当と認める。

三  過失相殺

すでに認定したように、原告車を運転していた原告にも、前方不注視及び道路中央線を越えて走行した過失が認められ、これが本件事故の大きな原因となつていることは明らかであるから、これを損害額を定めるについて斟酌することとし、右二の(1)ないし(5)の合計額金一、九九二万七、〇八六円からその七〇パーセント相当額を減ずることとする。したがつて、被告らが原告に対して賠償すべき額は、右金額の三〇パーセント相当額の金五九七万八一二五円となる。

四  損害の填補 金四一一万八、七八〇円

原告が本件事故による損害に関し、自動車損害賠償責任保険から金四一一万八、七八〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、右金額を前記損害額から控除する。

五  結論

以上の理由により、被告らは、各自、原告に対し、金一八五万九、三四五円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四八年九月二四日から支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があるものというべきである。

よつて、原告の本訴請求は、右義務の履行を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下威)

(別紙)

〈省略〉

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